橋田壽賀子は夫(岩崎嘉一)と出会って10日でスピード結婚してた件

今回は、脚本家の橋田壽賀子さんについてご紹介していきます。

先日95歳でお亡くなりになった橋田先生ですが、実は夫の岩橋嘉一さんに先立たれた時が、人生で1番ショックな出来事だったそうです。

そんな橋田壽賀子さんが愛した夫・岩橋嘉一さんについて、当記事ではお二人の馴れ初めやエピソードなどをご紹介していきます。

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橋田壽賀子は夫(岩崎嘉一)と出会って10日でスピード結婚してた件

橋田壽賀子さんが夫の岩橋嘉一さんとご結婚なさったのは、1966年(昭和41年)の5月10日。

橋田壽賀子と岩橋嘉一夫妻
出典:日本経済新聞

橋田さんが41歳、岩崎さんが36歳の頃でした。

その頃は、鳴かず飛ばずの小説家だった橋田寿賀子さん。

当時は、「女性が脚本なんか書けるわけがない」という時代で、パワハラも受けていたんだそうです。

そんな中で出会ったのが、当時TBSの企画課長だった夫の岩橋嘉一さん

脚本を売り込みに来た橋田さんに、岩橋さんが救いの手を差し伸べたのです。

岩橋嘉一
出典:日本経済新聞

そんな岩橋さんに恋してしまった橋田さんは、なんと原稿がまったく進まなくなってしまいました。

せっかくチャンスを掴んだのに、思うように仕事ができない橋田さん。

ある日、同じくTBSのプロデューサーだった石井ふく子さんから脚本の催促を受けた橋田さんは「恋煩いで原稿が進まない」ことを白状します。

すると石井さんは、2人を喫茶店に集合させて、「橋田さんは岩橋さんが好き」なんだと勝手に告白してしまいました。

この時の石井さんはというと「ひたすらに原稿が進むことだけを考えていた」んだそうで、2人の恋の行方などは全く眼中になかったそうです。

ひたすら仕事を進めることだけを考えていた石井ふく子さん、恋煩いで原稿が進まない橋田寿賀子さん、いきなり告白された岩橋嘉一さん。

なんだかもうカオスな状況ですよね。

しばらく2人と連絡が取れなくなっていた石井さんですが、なんと10日後に「結婚することにした」という報告を受けたそうです。

告白からの結婚、石井さんは意図せず2人のキューピットになってしまったんですね。

結婚を決めたのは10日後ですが、厳密にいうと、結婚して入籍したのは告白から2ヶ月後の1966年5月10日です。

橋田壽賀子と夫(岩崎嘉一)の出会いと馴れ初め

橋田寿賀子さんと夫の岩橋嘉一さんが出会ったキッカケは「ただいま11人」というホームドラマでした。

ドラマ「ただいま11人」

(その後の馴れ初めは、先程ご紹介したとおり、石井さんが勝手に告白してしまったことから結婚へとつながっていきます。)

放送されたのは1964年(昭和39年)で、ちょうど大家族から核家族へと時代が移り変わっていく頃でした。

そんな時代に「大家族」モノのドラマをやろうと言い出したのは、当時TBSの企画部長だった岩橋嘉一さんだそうです。

そして、そんな彼の姿をみて、橋田寿賀子さんは好きになったんだそうです。

橋田さんは「すごい人だと思った。今、核家族の中で大人数の家族を書こうというセンスを持っている人。あの人、いい人だなとちょっと好感持って…」と当時を振り返った。

引用:FNNプライムオンライン

ちなみにドラマ「ただいま11人」の内容は、夫婦と息子2人、娘7人という大家族をめぐって、子供たちの進学、父の定年退職、娘の就職、結婚などを描いた作品で、1960年代を代表するホームドラマです。

橋田壽賀子と石井ふく子
出典:朝日新聞
(左:石井ふく子さん、右:橋田壽賀子さん)

「ただいま11人」のプロデューサーは先程ご紹介した石井ふく子さん、脚本は橋田寿賀子さんでした。

橋田壽賀子が夫(岩崎嘉一)にガン告知をしなかった理由

もはや一目惚れに近いくらいのスピード婚だった2人ですが、橋田さんは夫の岩橋嘉一さんを早くに亡くされています。

岩橋さんはある日、胸の痛みを覚えて病院を訪れますが、肺に影があるので詳しい検査をするようにと言われてしまいます。

橋田さんは夫の検査に付き添おうとしましたが、当時は大河ドラマ「春日局(主演:大原麗子)」の脚本執筆を控えていたため、岩橋さんは「君に頼めないよ」と、一人で病院へ行ったそうです。

大河ドラマ「春日局」
出典:Amazon

そして岩橋さんは検査入院します。

お見舞いに駆けつけた橋田さんは元気そうな夫を見て安堵しますが、医者に呼びだされ、夫が肺腺がんで余命半年であることを告げられたそうです。

この時、橋田さんは63歳、岩橋さんは59歳頃です。

橋田さんは最期まで、夫本人へガンの告知はしなかったそうです。

理由は下記の通り。

1980年代当時は、まだ「がん=死」というイメージが強く、本人には告知しないのが一般的だったため、橋田さんは夫に肺を覆う肋膜が炎症を起こす肋膜炎であると嘘をついた。

引用:FNNプライムオンライン

また、夫が余命半年のガンに侵されていると知ったら、自ら命を絶ってしまうのではないかとも考えたそうです。

告知をしないと決めた橋田さんは、大河ドラマ「春日局」の脚本全50本を書きながら、夫とできるだけ普段どおりの生活を心がけます。

とはいえ、大河ドラマは1年間ありますし、仕事と介護の両立に限界を感じた橋田さんは、石井ふく子さんに相談。

すると、石井さんからは「あなたが仕事を降りたら、夫は自分の病気に気づくはず」と言われたそうで、なんとか最後まで頑張ったとのこと。

そして春日局が終わった20日後に、夫の岩橋嘉一さんは息を引き取ったんだそうです。(享年60)

岩橋嘉一(享年60)
出典:FNNプライムオンライン

仕事に追われつつ、愛する夫が余命いくばくの状態。

かなり精神的にも辛かったはずですが、大河ドラマ「春日局」は歴代大河ドラマの中で視聴率第3位を記録している大ヒットドラマになり、橋田壽賀子さんの代表作にもなりましたね。

橋田先生も、晩年は夫と過ごした熱海の別荘地で暮らしていらっしゃいましたね。

橋田壽賀子さんの静岡の別荘地については、橋田壽賀子の自宅場所「熱海自然郷」とは【豪邸画像や場所を紹介】でもご紹介していますので、あわせてご覧ください。

以上、橋田壽賀子さんが夫の岩崎嘉一さんと出会って10日でスピード結婚してた件についてご紹介しました。

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