【画像】馬淵優佳の両親は?中国出身で日本に帰化!父は元飛び込み選手!

水泳の瀬戸大也選手の妻・馬淵優佳さん。

オリンピック代表にも内定していた瀬戸選手が不倫したことで、大変な騒動となっていますが、優佳さんに離婚の意思はない様子。

今回は、そんな優佳さんをとても心配しているというご両親について、詳しくご紹介していきます。

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目次

【画像】馬淵優佳の両親は?

出典:日本オリンピック委員会ホームページ

まずは、馬淵優佳さんの父親・馬淵崇英(まぶち すうえい)さんをご紹介します。

現在の馬淵崇英さんは、飛込競技指導者で、日本水泳連盟飛込委員に所属。

全日本ナショナルチームのヘッドコーチでもあります。

8歳から体操、小学6年生から飛込競技を始めましたが、19歳で引退したのちに指導者になりました。

馬淵優佳さんの母親については、詳細は明らかになっていませんが、ご両親ともに中国出身であることがわかりました。

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馬淵優佳の両親は中国出身で日本に帰化!

馬淵優佳さんのご両親は、どちらも中国出身でした。

しかし、馬淵優佳さんご自身は兵庫県宝塚市で、国籍も日本です。

実は父親の馬淵崇英さんは、飛び込みの指導者として来日した際、「寺内健」選手を指導したことがキッカケで、日本に帰化しています。

画像
出典:スポーツ報知
(左が馬淵崇英コーチ、右が寺内健選手)

当時、小学5年生だった寺内選手は競泳でしたが、タイムが伸び悩んでおり、飛び込みプールで遊んでいたところを馬淵崇英さんにスカウトされました。

それがキッカケで、寺内選手は飛び込み競技に転向。

以来、日本に帰化した馬淵コーチとともに、寺内選手は下記の輝かしい成績を残されています。

  • 日本選手権、優勝(最年少記録/1994年)
  • シドニーオリンピック、日本人史上最高位の5位入賞(高飛び込み/2000年)
  • 世界選手権、銅メダル獲得(3m飛び板飛び込み/2001年)

ちなみに、馬淵コーチが帰化したのは来日から10年たった1998年頃で、同じタイミングで名前も日本名に改名してます。

馬淵崇英さんの本名は、中国名で「蘇薇(スー・ウェイ)」さん。

「馬淵」という名字の由来は、下記の通りです。

語学留学のため1988年に来日し、往年の名選手だった馬淵かの子からJSS宝塚のコーチに望まれた。

そこで出会った少年、寺内健の才能に心を動かされて引き受けた。

98年の帰化に際しては、今もスクールを切り回すかの子と夫の良(りょう)の夫妻から「馬淵」姓を授かった。

引用:日本経済新聞

馬淵良・かの子夫妻とは、寺内選手が幼いころから所属していたクラブ「JSS宝塚スイミングスクール」の創設者です。

日本国内では初の、飛込競技専用屋内プールを備えたスクールです。

馬淵優佳の父は元飛び込み選手!

飛び込みの練習を見守る馬淵崇英コーチ(兵庫県宝塚市)
出典:日本経済新聞

馬淵優佳さんの父親、馬淵崇英さんは、中国国内で元飛び込み選手でした。

8歳から体操をはじめ、小学6年生で飛込競技をはじめた崇英さん。

とはいえ、中国は飛び込み競技ではトップクラスの国で、なかなか上位に行けなかったそうです。

19歳で早くも引退した崇英さんは、その後指導者として日本に来日しています。

娘の馬淵優佳さんも、そんな父親の影響で飛び込み競技をはじめており、下記の成績を残されています。

  • 日本選手権、3メートル板飛び込み2位(2009年)
  • 東アジア大会(香港)、3メートル板飛び込みで銅メダル獲得(2009年)
  • 世界選手権、出場(予選敗退/2011年)

その後は現役を引退し、水泳の瀬戸大也選手と結婚しています。

出典:Instagram

現役生活を捨てて結婚したのに、不倫で裏切られ、それでも夫をかばい続ける優佳さん。

そんな優佳さんをとても心配しているご両親のお気持ち、察するに余りあります。

以上、馬淵優佳さんの両親についてご紹介しました。

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